【 バトラコトキシン 】   
スノウフレークス4と5の間補足。



ふわぁっと、花か果物かとにかくそんないいにおいのする風をつれて、チョコレート色のドアが開いた。

入ってごらんと促され、黙って足を踏み入れたその場所は、10畳程の簡素な部屋だった。真正面には建物の中庭に向かって開かれた、大きな張り出し窓。サラサラした生地の白いカーテン。その向こうにはゆるやかに広がる緑のこずえ。中庭の地面からまっすぐに大きな木が伸びていた。名前はしらない。かさなり合う緑のすきまから、きらきらと昼のひかりが射しこんで、眩しい。何度かまばたきをすれば、白い花がまぶたのうらに踊って、ちかちかとまたたいた。カーペットの感触が靴のした、やわらかだった。

「君を持ち帰るつもりなんてなかったから、ホテルからビッグ・ママに電話をかけて、一晩で部屋を整えてもらったんだ。間に合ってよかったよ。うん、指定通りのシーツだ。」
ベッドを検分するように撫でる伯父は、例によって淡々とした声で、美鶴に向けるでもなく言った。ビッグ・ママって誰だ、と時差ぼけでぼんやりした頭を回転させてみたが、思い当たらない。この人の母親、つまり、自分にとっては祖母にあたる人物とは、会ったことはないが例の事件の直後から今までずっと入院していると聞いた(理由はご想像の通りだ)。では誰だ。ママというからには女性だろうか、あぁどうでもいい。

 ちらり、目だけで部屋を見回した。すこし日焼けしたベージュの壁紙が目にやさしい。家具は最小限だ。張り出し窓に置かれた大きなクッション。ホテルのようにきちんとメイクされた、やわらかそうな真っ白いベッド。がらがらの本棚と、それに合わせた机と椅子。どれもが子どものサイズで、そう新しいものではなさそうだったが、不思議と傷んでいる風ではなかった。カフェオレ色のカーペットの床のまんなかには、へんなかたちの長いソファがどかっと居座っていた。その名前をカウチというのだと知るのは、もうすこし後のことだ。

「そっちのドアは図書室だよ。君の好きに使ってくれていいけれど、私の書斎とも繋がっているから静かにね。あいにく子供の読むような本はないけれど、日本語で書かれた図鑑や辞書は沢山ある。勉強するには困らないよ」
「…あっちのドアは何ですか」
「バスルームだよ。お湯の出し方は分かるかい」
「いいえ、でも一度自分で試してみます。それで分からなかったら質問します」
「よろしい」
そこでふと、思い出したように伯父が美鶴のほうを向いた。
「バスルームに身長計と体重計があるから、毎朝の起床時に必ずそれを計って、記録してくれるかい」
「…身長、と、体重、ですか?」
驚いて、僅かに目を丸くした甥を、伯父は不思議そうな面持ちで見下ろした。
「嫌かな」
ぽつりと、微かな落胆の色を含んだ声だった。
「…別に、嫌じゃないですけど、どうして?」
「美鶴くんの成長を記録しておきたいからだよ。生き物は日々変化するからね。」
言われた言葉の意味が咄嗟に分からず、美鶴は伯父の整った顔を見上げれば、目が合った伯父はふわりと無表情を綻ばせる。
「私はね、生き物がとても好きなんだよ」
何の曇りもない、うつくしい微笑みだった。。



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まとめるには眠すぎるので、とりあえずここまで!
年内更新ってことで…来年もよろしくです!***